読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

顕微鏡の中

小さく活動しております。好きなことを好きなように書く!…つもり 詳しいプロフィール→http://katabamimicro.hatenablog.com/entry/2015/05/26/150601

掃除

・雑記

数日前、久々に掃除しました。

以前掃除したときの記事からおよそ一年ぶりですね。

あれ以降もちょくちょく掃除はしてるんですが、今回の掃除はずっと手をつけてなかった場所の掃除だったので時間も手間もかかりました。ゴミをどけてまた新しいゴミを置いてるだけとか言っちゃダメ

以前の掃除ではそれなりに色々見つかったのですが、今回掃除した場所は大体がゴミだった上にただただ汚かっただけなので、ほとんど何も見つかりませんでした。

いや、見つかったは見つかったんですが、以前で言うペンタブのペンみたいな有用なものはほとんどありませんでしたね。


今回見つかったものの多くは昔使ったりしてたいわゆる思い出の品的なものでした。

以前掃除した場所よりも層が深い場所(例えです)なので、見つかるものも年季が入ってたんです。

なので、掃除中は過去の自分と向き合わなければならなくて地獄on地獄でした………

昔の自由帳とか。

この頃の絵は本当に酷いんですが、こうして見ると愛は詰まってるなぁと思うし、楽しんで描いてたんだなとも思います。

思えば私は昔から外で遊ぶよりも室内で絵を描くことの方が好きでした。

そのまま小学校に入学し、休み時間も校庭には行かずに教室内でいることが多かったのです。

低学年の頃は大体の生徒は休み時間外へ遊びに行っていたので、教室内に残るメンバーは自然と固定されていたような気がします。

その当時から友達がいなかった私ですが、そんな私にも声をかけてくれる子はいて、教室に残ったメンバーで折り紙を折ったり、室内の生徒は室内の生徒でつるんでいたものです。

それも低学年のうちだけでしたが。

ポケモンのことはこの頃から好きで、身の回りのものは大体ポケモンのもので揃えていました。


他にも…私が4歳くらいの頃に撮ったと思われる写真が入ったアルバムとか。

上で室内で絵を描くのが好きだったと書いてますが、幼い日の私は外で遊ぶことも好きでした。

よく土をいじったり土をいじったりブランコに乗ったり土をいじったりしていたんですが、この頃の写真でも土をいじってました。写真くらいちゃんと写れや。

しかし、幼少期の頃は可愛げが少しはあるだろうと思ってたんですが、昔の自分かわいくないわー今の面影もないわー

赤ちゃんの頃の妹はめっちゃ今の妹に似てました。


でも出てきた中で一番悲しかったのは、小学校の頃の担任が書いたプリントでした。

小学5年生の頃の担任は、今思うと本当に教育熱心な方で、良い教師でした。

ほぼ毎日学級のことを書いたプリントを手書きで書いて、それをクラスの人数分印刷して配ってたんですから、マメな方です。

そのプリントが出てきたとき、ついつい読み込んでしまったのですが、これにも訳があるんです。

この当時、私は学校生活を上手く送れずに学校へ行くことが苦痛になってた時期でした。

この頃の自分は誰にも褒められないと思ってたし、誰にも必要とされていないとも思ってたんです。

当時の担任は本当に生徒のことをよく見ていらっしゃって、プリントには時々生徒の誕生日を祝うコーナーと生徒へのメッセージが記されていたんです。

それ以外にも生徒が良い行いをしている姿を見ればきちんと紙面でも褒める、生徒をよく見た先生でした。

だから、もし出てきたプリントの中で自分のことを記されていたら、当時の自分は救えなかったプリントでも今の自分は救われたような気になれるんじゃないかって思ってたんです。

でも、出てきた10数枚のプリントの中に、私の名前は一度も出てきませんでした。

よく考えれば、私はその年の途中から学校へ行けない日々が続いていました。そのプリントはそれ以降に発行されたものだったのでしょう。私が出てこないのは当たり前のことかもしれません。

それどころか、そのプリントを通して、当時それなりに仲が良かった友人が遠くへ転校していったことを数年越しに知ることになりました。

白黒に画質が荒い写真には、友人の姿がハッキリと写っていました。今も覚えています。顔も名前も、ハッキリと。

でもクラスの集合写真に、やはり私らしき人影は見えませんでした。

時の流れを痛感してしまうことが稀にあるんです。

私がこうして過ごしてきた数年間、過去の友人や後輩たちにも同じ時間が流れていたと。

鏡を見れば、前からずっと変わってない自分がこちらを見てくるように。彼らはきっと変わったでしょう。

一歩ずつ前へ進んでいく友人に、世間に、取り残されているような。

立ち止まった私を過去の自分はどう思うでしょう。私は以前と比べたら少しでもマシになれているのでしょうか。

過去の自分が望んだ未来の姿になれたのでしょうか。

答えはきっと、「ノー」です。